1969 Paul McCartney. Photo by Linda McCartney

Photo: 1969 Paul McCartney. Photo by Linda McCartney

1971年にFBIがジョン・レノンのファイルを開いたとき、彼らはピーター・ジャクソンがスタッフとしていてくれたらと思ったに違いないだろう。アカデミー賞を受賞した『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズを手掛けたピーター・ジャクソンは、1970年公開のマイケル・リンゼイ・ホッグ監督による映画『レット・イット・ビー』で残された60時間の映像と150時間の音声の中に隠された秘密の会話を発見するために費やした日々を振り返って、「52年前の会話をCIAのようなやり方で盗聴しているような気分だった」と語っている。

この4年間の諜報活動の産物が全3編でディズニープラスで配信されている『ザ・ビートルズ:ゲット・バック』だ。本作には1969年1月の2週間でアルバム(『レット・イット・ビー』)とコンサート、そして映画を完成させようとしたザ・ビートルズの生々しく無防備な姿が7時間以上にわたって収められている。ジョン・レノンはこのセッションについて「地獄」だったと評しているが、ピーター・ジャクソンによる映画は喧嘩や摩擦(ジョージ・ハリスンがセッションの途中でバンドを離脱したことはオリジナルの映画ではカットされていたが、ようやく歴史的に残されることとなった)とより明るい場面でバランスが取られている。そして、世界最大のバンドが崩壊する様子を実写で記録しただけでなく、ものすごいプレッシャーの中で物事を進めようとする4人の友人たちのポートレイトにもなっている。

11月25日にディズニープラスで配信が開始となった『ザ・ビートルズ:ゲット・バック』を観る前に知っておくべきことをピーター・ジャクソン監督の言葉で紹介しよう。

ザ・ビートルズのファンによって作られたファンのための作品

「私はもちろんザ・ビートルズのファンだよ」とピーター・ジャクソンは語っている。「私は1961年に生まれた。だから、私が暮らしているときにザ・ビートルズはアルバムをリリースしていたんだけど、60年代のザ・ビートルズは覚えていないんだ。私の両親はザ・ビートルズのアルバムを1枚たりとも買わなかったからね。子どもの頃、30枚ぐらいのアルバムがあったけど、ザ・ビートルズのアルバムは1枚たりともなかった。でも、1973年に貯め込んだお金で赤盤と青盤を買ったんだ。私がLPを買ったのはその時が初めて、2枚組のアルバムを2つ買ったんだ。そこから、ザ・ビートルズのファンになり始めて、そこからはずっとだよね」

カメラが向けられていることを知るとザ・ビートルズの振る舞いは変わってしまう

『ザ・ビートルズ:ゲット・バック』の新たな映像を観ると、ザ・ビートルズは撮影されたことで音楽的なやりとりが変わってしまったことがよく分かる。例えば、ポールとジョンの深刻のやりとりもマイクが割って入ると、それはコミカルなものへと転じることになる。トゥイッケナム・スタジオの寒々しい環境でプライバシーがない状態は明らかに摩擦を増やしていた。しかし、映画『レット・イット・ビー』のマイケル・リンゼイ=ホッグ監督は「真の」ザ・ビートルズを撮影しようと苦労をいとわなかったとピーター・ジャクソンは説明している。

「マイケル・リンゼイ=ホッグと彼らは応酬を繰り広げることになるわけだけどね」とピーター・ジャクソンは語っている。「これは今になってマイケル・リンゼイ=ホッグに感謝しなければならないことの一つだよね。彼はできるだけありのままの姿を撮影しようと決めていたんだ。カメラを向けている時、ザ・ビートルズが撮影されているってことを分かっているということをマイケル・リンゼイ=ホッグは気づいていたんだよね。だから、彼はできるだけ気付かれないように撮影しようとしていたんだ」

「マイケル・リンゼイ=ホッグとは話をさせてもらっていてね。カメラマンに三脚を立てさせて録画ボタンを押すと、彼らはお茶でも飲みに行くかのように立ち去ってしまうんだよ。だから、10分のフィルムを入れて、黙って撮影していたと言っていた。撮影中は赤いランプが点くから、そこにテープを貼って、『ここにカメラがあるけど、今日のどこかで使うけど、今は撮影していない』と思わせて、実は撮影をしていたんだ」

ジョージ・ハリスンの離脱についてやっと更なることが分かった

1969年1月10日金曜日、衝突の最中でジョージ・ハリスンは撮影中にザ・ビートルズを離脱している。彼は家へと戻り、“Wah-Wah”という曲を書き、わずか5日後にザ・ビートルズへと戻ることになった。プロジェクトの最後にコンサートを行うという計画はなくなり、セッションの場所はサヴィル・ロウのアップルのオフィスへと変更になった。

幸いなことにマイケル・リンゼイ=ホッグはザ・ビートルズの会話を収録するためにスタジオにマイクを設置していた。ジョンとポールがジョージ・ハリスンの不満の「膿んでしまった傷」について語る声は食堂の植木鉢に仕掛けたマイクで収録されている。ピーター・ジャクソンが「デミキシング」と呼ぶ声と楽器を分離させる技術によって辛辣な会話を発掘することに成功している。

「よくやられていたのはバンドが会話をする時にアンプの音量を上げてギターを弾きながら話すということだったんだ」とピーター・ジャクソンは説明している。「曲を弾くわけでもなく、ノイズを掻き鳴らしながら、話していてね。だから、マイケル・リンゼイ=ホッグのマイクはそういう音量の大きなギターの音を拾っていてね。その時にザ・ビートルズはプライベートな内容を話すんだよ。でも、コンピューターとAIを基にした技術のおかげで、ギターを取り除いて、その内容を明らかにすることができるようになったんだ。この映画のキーとなる要素の一つがレコーディング中に彼らが騙そうとしたり隠そうとしていた会話だよね。ちょっと申し訳ないけど、そうしたパーソナルな会話も取り上げたんだ」

ザ・ビートルズがしてほしくなかったこと

「触れてほしくないこともあったみたいだね」とピーター・ジャクソンは語っている。「マイケル・リンゼイ=ホッグと話をして、彼とはいろいろやりとりをしているんだけどね。ザ・ビートルズが編集室にやってきて、指示をしてきた話をしてくれたんだ。ポールが来て『ここは外しておいてくれないか』と言ってきて、次の日にはジョンが来てまったく違う指示をマイケル・リンゼイ=ホッグにしていくっていうね。可愛そうなことにマイケルは全員を喜ばせようとしたんだけどよ。ジョージの離脱に関しては入れることが許されなかった。『そんなのダメだよ。ちょっとでも入れたらダメだ』と言われたみたいだね」

あれから50年以上を経て、ピーター・ジャクソンはザ・ビートルズ側が世間の印象をあの時ほど気にしていないと思ったと述べている。「イメージに対する懸念も歴史的な経緯があったんだと思う。いわゆるポップスターのエゴとかね。でも、今となってはそんなものも過去のこととなって、ザ・ビートルズが世間のイメージなんて気にする必要ないだろ? もうそれは歴史とカルチャーに刻まれているわけだからさ。これまでよりも真実の姿を見せる余裕が今の彼らにはあるんじゃないかと思うよ」

「気にするところもあるんだろうけど、もう問題ないんだよ。それくらいの懐はあるわけでね。隠していたものを取っ払って、ようやくその裏が初めて観られるんだ。もう映画『レット・イット・ビー』のように80分という長さではない。物議を醸すような会話が詰まったもので、ジョージの離脱も観ることができるんだ」

世間が思っているよりも喧嘩は少なかった

ピーター・ジャクソンによる『ザ・ビートルズ:ゲット・バック』が面白いのはジョン・レノンが「地球上で最も悲惨なセッション」と評したプロジェクトが陽気で楽しそうに見えることだ。トゥイッケナムのリハーサルが無表情なギタリストが音楽的に何かを生み出そうとしているのに対してサヴィル・ロウではコメディのような笑い声やシンガロングに溢れている。

「最初に観た時は、ごくごく普通の人たちだと思ったんだよ。でも、4人それぞれなんだよね。全員が違うんだ」とピーター・ジャクソンは語っている。「60年代、ザ・ビートルズは4人のモップトップという形で商業化されていた。1人は知的で、1人はチャーミングで、1人は物静か。それぞれの肩書きもあったけど、彼らはユニットだったんだ。でも、ここで観られるのはユニットじゃなく、4人の人物で、それぞれの個々人なんだ。それぞれに意見があり、物事への対処の仕方も違う。この作品はいい意味で、それぞれの人物がどんな人間かいろんなことを教えてくれると思う。自分としてはこう思ったんだよね。『ちゃんとした繊細な人物だ』ってね。『エゴもないし、気取り屋でもなく、意見の相違はあるけれど、それぞれの思っているところがあった。でも、普通のリヴァプールの若者だ』ってね。より尊敬できるようになったよ」

価値ある瞬間はほとんど省かれていない

7時間以上にわたる『ザ・ビートルズ:ゲット・バック』にはピーター・ジャクソンがファンが観るべきだと思ったすべてが含まれている。

「重要だと思ったものは何一つ省いていないと言いたいね」と彼は述べている。「それがこの長さになってしまった理由なんだけどね。自分がザ・ビートルズのファンである部分が入ってきてしまって、もし今回入らなかったら、また50年間、日の目を見ない可能性があると思ってね。この素晴らしい時間を観たり聴いたりしてきて思ったんだよ。『これはみんなが観なければならない。素晴らしいんだ。これは観てもらわないと』ってね。伝説的な瞬間の一つは“Dig It”のフル・バージョンだね。『レット・イット・ビー』のアルバムだと50秒だけど、即興でできた曲なんだ。ファンはブートレッグで聴いたこともあると思ったから、この作品では4分にまとめたけど、オリジナルは12〜13分あるんだよね。そういう意味では『レット・イット・ビー』よりも長く収録されているんだ」

ザ・ビートルズが“Gimme Some Truth”を演奏している

ザ・ビートルズが2週間の間に演奏した曲には未来のソロ曲も数多く含まれている。率直に言って、アルバム『レット・イット・ビー』が5倍の出来でなかったことが奇跡と言えるくらいだ。

「ロックンロールもあれば、『アビイ・ロード』の曲も12曲やっている。加えて8〜10曲のソロ曲もやっているんだ。すごくラフなリハーサルだけど、ザ・ビートルズが“Gimme Some Truth”を演奏しているのも観ることができる。ジョージはソロから“All Things Must Pass”をやっているし、ポール・マッカートニーがやった“Another Day”もソロのファースト・シングルになった。たくさんのシングルがあるんだ」

ザ・ビートルズの解散についてのポールの再評価

先日、ポール・マッカートニーは「何が素晴らしいかって言うと、僕ら4人が楽しんでいるのが観られるんだ」と『サンデー・タイムズ』紙に語っている。「自分にとっては再確認になったよ。ザ・ビートルズを考えた時の主な記憶といったらお互いに笑い合えていたということなんだ。自分はザ・ビートルズの暗部を黙認してしまっていたし、『ああ、自分のせいだ』と思っていたからね。でも、心の奥でそうじゃないと思っていたんだ。証拠を見る必要があったんだ」

「完成したものを観てもらった時、僕はなにか言われると思っていたんだ」とピーター・ジャクソンは語っている。「『僕がああ言っていたところなんだけど、カットしてくれないかな』とか『あそこの会話は短くしてくれない?』とか、そういうことを言われるのが普通だろうと思っていたんだよね。でも、一つも修正点はなかったんだ。誰も言ってこなかった。ある人は人生を通して最もつらい瞬間があったけど、『ダメ出しはしないよ』と言ってくれたんだよ」

「ポールはすごく生々しいと言っていたね。『あの時の僕らがすごく正確に描かれている』と言ってくれた。リンゴは『事実に即しているね』と言ってくれた。事実に即していることが重要なんだ。彼らは修正なんか望んでないし、小綺麗なものにしようとも思ってなかった。ディズニーは罵り言葉をなくそうとしたけど、ポールとオリヴィア・ハリスンは『あれが自分たちの喋っていたことで、世間に観てもらいたいものだ』と言ってくれたんだ」

『ザ・ビートルズ:ゲット・バック』はディズニープラスで11月25日より配信されている。

ドキュメンタリー作品『ザ・ビートルズ:Get Back』
公式サイト:Disney.jp/thebeatles

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